「今昔物語集」(角川書店編)

芥川が用いたものだけにとどまらず、すべて面白さ抜群

「今昔物語集」(角川書店編)
 角川ソフィア文庫

昨日、芥川龍之介「藪の中」について
掲載しました。
芥川はビアス「月明かりの道」から
作品構成上の手掛かりを得て
「藪の中」を書き上げたのですが、
その筋書きはこの「今昔物語集」から
取り上げています。

「妻を具して丹波国に行きたる男、
    大江山に於いて縛られし語」

夫が妻を連れて旅している途中、
若い男と出会う。
男は自分の持っている刀と
夫の弓との交換を持ちかけ、
夫はそれに応じる。
すると弓を持った男は矢をつがえ、
山の奥へ入るよう二人を脅す。
男は夫を木に縛りつけ、
妻を手込めにする。
その後、男は妻の乗っていた馬を奪い、
去って行った。

「藪の中」と大筋は同じです。
この八百年もの昔に書かれた
今昔物語の筋書きに、
芥川は夫・妻・男それぞれの心の襞を
詳細に分析して提示しました。
そのための手法として
遠く離れた米国の作家の作品を
参考にしたのです。
時空を越えた二つの作品を繋ぎ合わせ、
ただの間抜け男の逸話を、
芥川は超一級の心理劇として
再編したのです。

芥川はほかにも今昔物語を素材として
いくつかの作品を書きました。
「鼻」のもととなったのは
「池の尾の禅珍内供の鼻の語」、
「羅生門」の原型は
「羅城門の上層に登りて
死人を見し盗人の語」、
「偸盗」は
「人に知られざりし女盗人の語」等々。
それら芥川が用いたものだけに
とどまらず、
本書に取り上げられた作品は
すべて面白さ抜群です。

私が最も惹かれるのは、次の一話です。
「人妻、死にて後に、
  本の形となりて旧夫に会ひし語」

出世の機会を得た侍は、
旅支度の金策のため、最愛の妻を捨て、
裕福な女に乗り換える。
新しい妻と任国へ下ったものの、
前妻が忘れられない侍は、
帰京とともに前妻のもとへ急ぐ。
家の中には妻が一人。
前妻は恨むようすもなく、
秋の夜を二人は仲むつまじく過ごす。
朝、侍が目覚めると、
隣に寝ていたのは…。

何と前妻のミイラだった、という
落ちなのですが、
原文で読むと怪しげな感触が
一層引き立ちます。
「夜前人もなかりしかば、
 蔀の本をば立てて、
 上をば下ろさざりけるに、
 日のきらきらとさし入りたるに、
 男、うち驚きて見れば、
 かき抱きて寝たる人は、
 かれがれと干れて、
 骨と皮ばかりなる死人なりけり」

訳文、原文、解説、資料が一体となった
角川ビギナーズクラシックス
国語の授業で古典に苦しんでいる
中高生にお薦めです。

(2020.3.21)

Johannes PlenioによるPixabayからの画像

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